かつて、ヤマハや河合楽器、スズキなど、名だたる企業が創業された浜松市

現在、起業家精神に溢れるこの地を再び盛り上げるべく、「浜松バレー構想」なる取り組みが進んでいます。言わずと知れた「シリコンバレー」を参考にしながら、ベンチャービジネスを興しやすい環境を整えている真っ最中とのこと。

そこで今回は「浜松バレー構想」の提案者であり旗振り役の浜松市長・鈴木康友氏と、ヤマハ・モーター・ベンチャーズ・アンド・ラボラトリー・シリコンバレーCEOである西城洋志氏が対談。浜松バレー構想の内容や浜松市が持つ強み、対してベンチャーが地方自治体に求めている施策など、赤裸々に語り合ってもらいました。

西城氏はシリコンバレーを拠点に、ベンチャー投資を含めてヤマハ発動機の新規事業開発に取り組んでおり、現地の事情にも通じています。大企業とベンチャー企業、そして浜松のこともよく理解した同氏だからこその視点もあり、対談は大いに盛り上がりました。

浜松の起業家を育てた「やらまいか精神」

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鈴木康友(すずき・やすとも)|浜松市長
Photo: 木原基行

── 浜松市は、ヤマハや河合楽器、スズキ、ホンダなど、多くの企業が創業した地です。これには、なにか理由があるのでしょうか。

鈴木市長(以下、鈴木):理由の1つは、資源に恵まれていて、ものづくりに適していたからでしょう。一例を挙げると、天竜川流域には上質な木があります。そして、綿花栽培も盛んでした。その結果、綿を織る「織機」の製造が始まりました。織機は精密な機械で、この技術を応用して誕生したのが自動車産業です。トヨタもスズキも、元は織機製造から始まったんです。

── 浜松には「やらまいか精神」といった言葉があるとも伺いました。これはどういう意味なのでしょうか?

鈴木:そうですね。「色々と考えずに、まずはやってみよう」とでも言うのでしょうか。本田宗一郎さんは典型的な「やらまいか」の人だと思います。

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西城洋志(さいじょう・ひろし)|ヤマハ・モーター・ベンチャーズ・アンド・ラボラトリー・シリコンバレーCEO
Photo: 木原基行

西城CEO(以下、西城):シリコンバレーでもアクトファーストという言葉があります。「行動を先にしろ」もしくは「考えながら走れ」といった意味ですが、まずはやってみて、その行動から学んで次の一歩を踏み出す。「やらまいか精神」に通じるところがあります。

── ヤマハ発動機にも「やらまいか精神」は受け継がれているのでしょうか。

西城:初代社長の川上源一は、「慎重になりたければ急げ」という言葉を残しています。新しく始めることに数字などの裏付けはない。だからこそ、機会を失わないために先に動けという意味だと思いますが、これはまさに「やらまいか精神」。DNAとして社内に受け継がれています。

鈴木:浜松で起業が多かった理由は、ほかにもあります。それは、開放的な気質で進取の気性に富んでいることでしょう。外からの人材や技術を受け入れるのにあまり抵抗がない。ヤマハの創業者である山葉寅楠(やまは・とらくす)も、元々は紀州藩、今の和歌山県の出身です。スズキの第二創業者ともいわれる鈴木修氏も岐阜の出身。そういった元気な人を受け入れる開放的な素地があるんですね。

西城:シリコンバレーも外からの人材を受け入れる街。まさに、世界の人種が凝縮された感じですよ。

鈴木:そういった意味では、浜松ももっと外国人の方を受け入れていいと思っています。

浜松バレー構想で「起業」しやすい街を再び目指す

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浜松城は徳川家康が居城した「出世城」として知られる。
Photo: 木原基行

西城:僕は浜松市でいろいろな企業が興った理由のひとつに、地理的な要因があるんじゃないかと考えています。東京から一定の距離があることが、良かったんだと思うんです。日本人は同調性が強い。当時から東京は経済の中心だったかもしれないけれど、その中に入り込むと、みんなが右を向いていると右が正しいと思い込んでしまいます。しかし、少し離れた土地だからこそ冷静に見ることができて、左の可能性を考えることができたのではないでしょうか。

── 創業精神に溢れ、さまざまな企業が生まれた浜松ですが、最近は開業率が下がっていると聞きました。

鈴木:由々しきことです。「やらまいか」ではなくて「やめまいか」になってしまっている。大企業も多く、新しい会社を興すというエネルギーがなくなってきているんですね。そこで「浜松バレー構想」を立ち上げました。

── 具体的には、どういった内容なのでしょか。

鈴木:創業環境を整えて、ベンチャーの成長に必要な支援を進め、ベンチャー企業が集積する「浜松バレー」の実現を目指す構想です。ベンチャー魂を持った人たちを内外から呼び寄せて核にして、コミュニティを作る。そのネットワークを広げて、最終的には浜松の大企業ともコラボしてもらう。

東京のベンチャーは、独自のコミュニティを形成していますが、浜松でも「浜松ベンチャー連合」というゆるやかなコミュニティができ、市内ベンチャー企業の交流の場としてその輪が広がっています。

シリコンバレーのように、ベンチャーが生まれる環境、土壌をもう1度つくっていきたいと考えています。もちろん、一朝一夕にはできないことは分かっています。東京でもベンチャーのコミュニティが定着するのに20年はかかりました。しかし、上手く行かなかったとしてもトライアンドエラーで、言い続けてやり続けることが重要だと考えています。

浜松バレー構想、成功の鍵は「続けること」

西城:実は、鈴木市長とは以前、シリコンバレーでお会いしたことがあるんです。正直に言えば、最初に「浜松バレー」と聞いたときには、非常にネガティブな印象を持ちました。「来たぞ。来たぞ」と(笑)。

鈴木:やっぱりですか(笑)。

西城:どの地方自治体も、「うちを日本のシリコンバレーに」と言いたがりますが、ちょっとした病気です(笑)。ただ、浜松市の場合は、ひとつのキーワードを聞いて、そのモヤモヤが晴れました。

鈴木:なんですか?

西城「一朝一夕にはできない。やり続ける」という言葉です。日本のコーポレートベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャリングがシリコンバレーで上手く行かない理由は、逆風が吹いて辛くなるとやめてしまうから。しかし、本来は成功だけでなく失敗からも知見を蓄積することで、大きなエネルギーとなって継続的にサイクルが回るエコシステムを構築していくんです。

鈴木:浜松バレー構想は、最終的には市も市長も関係なく、構築されたベンチャーネットワークが一人歩きを始めるのが目標です。最初は手助けする、環境もつくる。でも、それがなくなったらダメになるのでは、どのみちダメですよ。

西城:止まっているものを動かすのはとても大変なので、最初はいろいろな施策が必要です。では、一転がりしたあとの、二回転目には何が必要か? お金もそうですが、一番大事なのはやはり人です。そういった意味で、コミュニティや文化を作ろうとするのは、継続性を担保するためには正しい施策だと思います。

鈴木:まずは、ベンチャー企業の成功事例をひとつ生み出したい。そうすれば、後が続きやすい。やはり、0を1にするのは大変ですよ。

西城:仰る通りです。今ではベンチャー企業が多数生まれているイスラエルも、最初はなかなか芽が出ずに大変でした。潮目が変わったのが、後付けできる衝突防止補助システムを開発した「モービルアイ」という会社の出現。これが1つのキラーケースになって、「第二のモービルアイになるんだ」と、システムがさらに回り始めました。ファーストペンギン、ファーストリザルトが出るまでが、生みの苦しみなのです。

浜松にしかない強み「ものづくり精神」を極める

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Photo: 木原基行

── そういったファーストペンギンを生み出すために、浜松バレー構想に必要なものはなんでしょうか。

西城:シリコンバレーを真似しても、日本における新しい価値の創造は生まれません。もちろん、シリコンバレーから学ぶことはたくさんある。しかし、それを、どう浜松ナイズするかが重要だと思います。そのためには、浜松にしかないユニークポイントを活用すること。その1つが、ものづくり精神だと思います。今、シリコンバレーでは仮想空間でのビジネスを一通りやりきって、現実世界への進出が始まっています。

自動運転やロボティクスがそうですね。そうなると、ソフトウェアだけではダメで、ハードウェアが重要になってきます。初期の投資を募るための試作やモックアップはできます。しかし、実際にハードウェアの大量生産に入り、中国の工場などに発注をすると、一定の水準を満たせなかったり、納期が遅れたりする。そこで、破綻してしまうスタートアップも珍しくない。この失敗は、シリコンバレーのスタートアップが、ものづくり自体に強いこだわりを持てないことが1つの原因です。一方、浜松にはものづくりに対する、理由のない愛情や尊敬があります。この特色を活かせば、浜松バレーは非常にユニークな取り組みになるはずです。

鈴木:浜松はものづくりの街ですからね。自動車産業で培われた加工技術など、ハードウェアスタートアップが望む製品を作り上げる土壌もあるはずです。

西城:それに、浜松市の部品製造メーカー等の「ものづくり企業」は、大企業とのパイプがあります。これは、浜松でベンチャー企業を立ち上げるメリットのひとつでしょう。単純に出資や仕事をもらえるといった話ではありません。むしろ、コラボレーションの可能性を探ったり、さまざまな人と交流をしたりすることで化学反応、インベーションを起こすことが大事。これだけいろいろな会社がある浜松なら、それが十分に起こり得ます。

鈴木:民間同士の交流で生まれたイノベーションを活性化させるために、行政は国と戦うのも役割のひとつだと考えています。いわゆる、規制緩和です。

西城:それは間違いありません。多くのハードウェアスタートアップが苦労しているのは、技術でもお金でもない。ハードを使って、実際の価値を実現する場所がないことです。日本は、規制や物理的な制約がありすぎます。例えばドローンだって、これだけ話題になっているのに、実際に街中で飛んでいるところを見たことがないでしょう。自治体という制度側がうまく設計できれば、ユニークなことはたくさんできるはずですよ。

鈴木:ドローンの実証実験では、最近面白いことを始めました。病院から診療所に薬を運んでいるんです。しかし、これもまだ川の上だけ。交通量の少ない道路でもできるようにしたいのですが、まだ課題もあります。

都市にも自然にもアクセスしやすい環境で、オンとオフを切り替える

── ほかにも、浜松ナイズするために活かせる浜松の強みはありますか。

鈴木:僕が大事だと思っているのは、ライフスタイルです。浜松を訪れたベンチャー企業の経営者と話をすると、この土地をとても気に入ってくれます。浜松市は人口80万人の政令指定都市。それでいて、車で30分も走れば、浜名湖や太平洋、天竜川や山もある。あらゆる自然を満喫できて、オンとオフの切り替えもしっかりとできる。

西城:シリコンバレーもオンとオフがはっきりしています。働くときはガンガン働きますが、オフになると、海や山、近くのヨセミテ国立公園に行く人も多い。浜松と同じで、自然へのアプローチがいいんですよ。人間にはテンションを思い切り緩める時間が大事ですよね。

鈴木:この環境を試してもらおうと、3つのお試しオフィスを作りました。ひとつは市街地。ひとつは浜名湖に面した舞阪の旧庁舎(現・舞阪協働センター)。そして、山間部。市街地はすでに稼働していて、浜名湖と山間部も来年度にはオープンします。

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浜松駅から徒歩圏内にオープンしたはままつトライアルオフィス。登録することで一定期間オフィスとして利用でき、1日からのお試し利用も可能。
Photo: 木原基行
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作業スペースはもちろん、半個室のミーティングルームも用意されている。
Photo: 木原基行

西城:ものづくりを売りにするベンチャーを呼び込むなら、「オフィス」ではなくて「ガレージ」と呼んだ方がいいかもしれませんね(笑)。アメリカでも、多くのスタートアップがガレージから始まっています。ガレージと表現すると、みんながそういったことを想起するのでわかりやすい。名付け方って大事ですよ。

── 話題は変わりますが、お二人が今注目しているスタートアップやベンチャー企業などはありますか。

鈴木:浜松びいきになってしまいますが、 管理職とグローバル人材に特化した会員制転職サイトを運営している「ビズリーチ」ですね。創業者で社長の南壮一郎さんは浜松出身なんです。あとは、飲食業のこころという会社。経営システムにITを導入しているのですが、お客さん向けにも、メニューにスマホをかざすと生産現場の動画が流れるなど面白い仕組みを導入しています。

西城:インテリジェントロボットソフトウェアを提供するリンクウィズも浜松の会社ですよね。もっとロボットを簡単に使えるようになるため、ロボットティーチングに関するソフトウェアを開発している会社です。

── 西城さんが気になっているスタートアップはどんな会社でしょうか。

西城:少し厳しい言い方ですが、僕はあまり日本を見ていません。やはり、小粒なんですね。面白い会社でも、必ず「日本を」とか「日本で」といった言葉がつく。シリコンバレーやイスラエル、シンガポールもそうですが、誰1人として「シンガポールを」とか「アメリカを」とは言いません。ただ、市長がおっしゃったみたいに、10年の計で浜松バレーをやっていけば、いずれはスケールが大きな会社が出てくると思う。

浜松の人は「未来ってどうなるかな」ではなくて、「未来をこうしよう」といった能動的な動きができる素地があると思います。そこが良いところで、面白いところ。シリコンバレーも同じで、「未来はどうなるか」なんて言う人間はいません。「未来をつくりに行こうぜ」という人たちの集まりですから。そういった意味で、似ているところはあると思います。

── 今日は短い時間でしたが、色々と興味深いお話が聞ける対談になりました。最後に、市長から浜松バレーに対しての意気込みをお聞かせ願えますか。

鈴木:浜松はこれからピンチを迎える時期が来るかもしれない。例えば、ガソリン車よりも部品点数が格段に少ない電気自動車が普及すれば、下請け企業の仕事は減ります。しかし、これはチャンスでもある。

浜松のものづくり企業は、精密な加工技術や独自の高い技術力を持っています。今まではものづくり一辺倒だったこれらの企業が、ITを取り入れたり、優秀なスタートアップと組んだりしてものづくり自体変えてしまう。そういった事例が浜松から出てくることが、僕の夢ですね。


お話を伺うと、やらまいか精神や開放的な雰囲気、自然が近い立地など、浜松市には根底の部分でシリコンバレーと通じるところも多いことに気づかされました。

しかし、「だからといって、シリコンバレー式をそのまま持ち込むと失敗する」と西城氏は警鐘を鳴らします。浜松市がもつ強みをしっかりと活かしつつ、ベンチャー企業がベンチャー企業を呼ぶような仕組みと土壌をつくることが最優先。

鈴木市長もそれを理解し、行政の長でありながら「最後は行政からも独り立ちして、自らの力で回り続けてこそ、浜松バレーが完成する」と父親目線の力強い言葉を発していました。まさに、浜松市自身が「やらまいか」の心意気で推進する浜松バレー構想。今後の取り組みや発展が楽しみです。

次回以降の記事では、実際に浜松に移住した方々のライフスタイルや、浜松発のスタートアップ企業についてご紹介します。

Photo: 木原基行

Source: 浜松市はままつトライアルオフィス