リモートワークとは、働く場所をオフィスに限定しない新しい働き方。日本ではまだまだ浸透していない働き方ですが、2016年1月、全従業員を対象としたリモートワークを本格導入し、柔軟な働き方を実践しているリクルートホールディングスの取り組みが注目を集めています。

前回の記事ではリモートワーク導入の中心的な役割を果たす、「働き方変革プロジェクト」リーダーの林宏昌氏に導入の背景やプロセス、彼らが描くビジョンについて伺いました。今回は、実際にリモートワークを取り入れて出身大学で部活動の監督を務める男性、地域ボランティアに関わりはじめようとしている男性、子育てしながら新しい挑戦を始めた女性、積極的に育児をサポートしている男性と、計4名の方々にリモートワークのメリットやデメリット、生活の変化について本音を聞きました

部活動の監督経験を仕事に生かす。細川慧介氏の場合

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▲細川氏:リクルートアドミニストレーション/投資マネジメント室/既婚

リクルートグループの中でリモートワークを本格導入しているリクルートアドミニストレーションで働きながら、出身大学のハンドボール部の監督をボランティアで務めているという細川慧介氏。母校が東京都・国立市にあるので、リモートワークを取り入れる日は国立市のカフェやファミレスで仕事をし、現役選手の相談に乗りながらランチをとることもあるそうです。

細川:私の場合は、大学の近くでワークすることで平日夜の練習にスムーズに参加できたり、現役選手との接点を多く持てたりすることをリモートワークのメリットだと感じました。学生と顔を合わせて話す機会が増えたので、以前よりも信頼を得られるようになったとも思います。スポーツの監督にはマネジメント力が必要ですが、私は仕事でもチームを組んでプロジェクトを進めることが多いので、この経験は将来マネージャーを目指す上でも生かせそうですね。

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ハンドボール部の練習を見守る細川氏(左)/チームの試合風景(右)

奥さまと夕食を食べられる機会も増えたことも嬉しいポイントだと話してくれた細川氏。「デメリットは?」と聞くと、対面コミュニケーションが減ることを挙げてくれました。

細川:社内の私の固定席は、部署に関わらずいろいろな人が通りかかる席だったので、雑談レベルでの情報交換を行えていました。話していると従業員それぞれのキャラクターもわかるし、全社的な変化の兆しを感じやすい席だったので、この雑談が業務において有利に働くこともありました。オフィスに行かなくてもよくなり、フリーアドレス制が導入されたことで、そのような対面コミュニケーションが以前と比べて減った気がします。

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また、他部署のメンバーに用があるとき、相手がリモートワークをしているのかどうかがわかりづらく探す手間が増えてしまったこともデメリットのひとつ。細川氏は社内コミュニケーションを活性化させるために、オフィスに行く際は積極的に雑談をしたり、チャットで相手の状況を共有するなど、自分なりの解決策を見つけ出そうとしているといいます。リクルートホールディングスおよびリクルートアドミニストレーションのリモートワークは導入されたばかり。実践することで見えた課題に対して、前向きに向き合うことでリモートワークのスタイルは成熟していきそうです。

コミュニケーションは「スカイプ飲み会」でカバー。杉山広輔氏の場合

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▲杉山氏:リクルートホールディングス/グループ人事統括室/独身

リクルートホールディングスのリモートワークは、育児や介護などの特別な事情を持たない従業員にも開放されています。杉山広輔氏はリモートワークを取り入れて初めて、想像以上に通勤に体力を使っていたことを実感したようです。

杉山:リモートワーク実施以前には思ってもいませんでしたが、満員電車に乗るのと乗らないのとでは疲れ方が大きく違います。体力と時間のロスがなくなったことで、仕事への集中力が上がりました。また私の上司はアメリカに出張することが多いのですが、会議となると時差の関係で早朝スタートになるんですよね。極端な話ですが、リモートワークなら通勤時間が短縮されるので朝8時15分に起きて8時30分には電話会議が始められるので、かなり時差に対応しやすくなりました。他にも、これまでオフィスで会議をしていたときにはその場で絵を描いて補足説明をすることができましたが、電話やスカイプ会議ではそれが難しい。いかに短時間で主旨を理解してもらえるのかという点に注力して資料をつくるようになったので、自分のアウトプットのブラッシュアップにもつながっていると思います。

また最近は、地域のボランティア活動にも参加するようになりました。私は大阪出身なので東京にルーツがないのですが、リクルートはライフスタイルをサポートするサービスを展開しているので、自分の住んでいる地域のみなさんと交流することで何か見えてくるかなと期待しています。また、地域にコミットすることで新規事業のアイデアを見つけられればと思っています

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人事部所属のため、情報の扱いには慎重にならざるを得ないという杉山氏。外に持ち出せない情報を扱うときはオフィスで、そうでないときはリモートワークでと仕事の内容によって働き方を選択しているようです。また、細川氏がデメリットだと感じていた対面コミュニケーションの低下については、若手ならではの工夫でカバーしているのだとか。

杉山:確かに対面での会話は減りました。でもその分、スカイプでのコミュニケーションを活性化させようと、20代から30代までのチームメンバー全員で「スカイプ飲み会」を開催しました。お気に入りの酒を各自で用意して「今日はこれを飲んでいます」と自慢しながら(笑)。外で飲むよりも安価でいい酒が飲めるし、酔ったらすぐ寝ることができるし、画期的だと思いました。リモートワークがなければ出てこなかった発想ですよね。こういう仕掛けは私のような若手こそ、提案すべきだと思っています。

ちなみに、下世話だとは思いつつ「リモートワークは独身男性の恋愛に有利に働くのか?」と聞いてみたら、「婚活パーティーに行ったら、家事や育児に協力的な環境で働いているとモテそうですよね。私はまだ行っていませんけど(笑)」とのこと。リモートワークで恋愛が成就したという事例も、これから挙がってくるかもしれません。

育児中・妊娠中の女性も働くことを諦めなくていい。山﨑牧子氏の場合

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▲山﨑氏:リクルートアドミニストレーション/グローバル法務室/1児の母

現在第2子を妊娠中のワーキングマザー、山﨑牧子氏も、杉山氏と同じく通勤時間が減ったことで体力がセーブされ、余ったエネルギーを家事や育児、新たな挑戦にあてることができるようになったひとり。これまでは週末に溜まった家事を片付けていたそうですが、平日、リモートワークで集中が途切れたスキマ時間を活用して家事をこなすことで、週末に家族で過ごす時間がより豊かになったようです。

山﨑:時間と気持ちに余裕が生まれたので、家事や育児だけでなく、オンラインのコースで会計学を学んだり、子育てしながら働きやすい世の中をつくることを目的にした「iction!(イクション)プロジェクト」の新規事業コンテストに応募したりとポジティブな挑戦ができています。私が所属するグローバル法務室は、投資や買収を通して他部署が挙げてきた事業提案の実現をサポートする部署。これまでは自分で事業計画を立てたことがなかったので「イクション」への挑戦では、大きな気づきを得られたと思います。

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会社がリモートワークの実証実験を始めた昨年夏は、ちょうど朝方勤務することで公務員の残業を減らそうとする「ゆう活」が話題になっていた頃。公務員である旦那さまは、この「ゆう活」を進める過程で起きる課題や実現の難しさを体験していたため、リクルートホールディングス・リクルートアドミニストレーションの実証実験にも最初は「企業のイメージアップのためでしょ?」とシニカルな反応をしていたそうです。しかし、実際に山﨑氏がリモートワークを活用している様子を見て「本当に、より柔軟な働き方ができるんだね、さすがだね」と、抱いていた印象が覆されたようです。

山﨑:夫は転勤が多いので、私自身もいつか自分のキャリアを諦めなきゃいけないタイミングが来るかもしれません。でも、もっとリモートワークが働き方のひとつとして世の中に広く浸透すれば、働き続けることを諦めずに済む女性が増えると思うんですよね。

山﨑氏の部署には、間もなく、「リモートワーク」を魅力のひとつと感じてリクルートアドミニストレーションへの転職を希望したワーキングマザーが入社してくるそうです。女性が「働くことを諦めずに済む」時代が、近づいています。

ママ友からも大絶賛のリモートワークで働くパパ。栗栖健輔氏の場合

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▲栗栖氏:リクルートホールディングス/内部監査室/3児の父

「リモートワークのデメリットは今のところ感じていません」と言い切ったのは、内部監査室所属の栗栖(くりす)健輔氏。11月に第3子が生まれたばかりのパパです。藤沢在住の栗栖氏は、リモートワークで通勤時間が約2時間半も短縮。余った時間をうまく育児にあてているそうです。

栗栖:下の子どもがまだ約4カ月なので、一番手のかかる時期に育児、家事のサポートができることはとても助かっています。妻は自宅でパン教室と子ども向けの英会話教室を開いていますが、私が育児を手伝うことで時間をその準備にもあてられるようになって「自分の時間が豊かになった」と話しています。どうやらママ友たちからも羨望の眼差しで見られているようですよ。子どもには「パパ、仕事なくなったの?」と心配されつつ(笑)、一緒に過ごせる時間が増えたことを喜んでもらっています。

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マンションの共有ライブラリーを自宅に最も近いオフィスとして活用

子どもがいるため、日中の業務はマンションの共有ライブラリーやカフェでワークすることが多いと言う栗栖氏。内部監査の仕事は、実際に監査に赴いて資料を確認する往査以外、基本的にはレポート作成がメインなので、職種としてもリモートワークが適していると感じているそうです。また内部監査のなかでも海外のやりとりが多い部署のため、育児以外にもご自身の成長のために隙間の時間で語学の勉強をしたり、専門資格の勉強に時間を充てているとのこと。

リモートワークのメリットを享受している栗栖さんに、今後この取り組みをより良いものにしていくためにはどうすればいいと思うか聞いてみました。

栗栖:リモートワークを実施する際のルール上、原則として上司の指示があった場合には、指示された場所に速やかに出社する必要があります。私は実家が広島なのですが、もし将来、両親の介護が必要になったとき、現状のルールでは広島で介護をしながらリモートワークで仕事を続けることは難しいだろうと考えています。今後は、会社から遠く離れた場所でも働き続けられるという選択ができるようになれば嬉しいですし、リクルートで働きたいという人もさらに増えるのではないかと思います。


4名のお話を聞いて見えてきたのは、リモートワークが、ライフステージに合わせたより良い働き方を実現できるものであるということ。みなさんそれぞれが、今回の試みによって生まれた時間と精神的な余裕を生かして、自身の成長に繋がる新しい学び、気づきを得ていることも印象的でした。

リクルートホールディングスやリクルートアドミニストレーションの先進的な取り組みが、やがて世の中に広がっていき、新しい価値観で働く未来をつくる、そんな予感がした取材でした。

働き方変革プロジェクト|リクルート

(文/宗円明子、構成/松尾 仁、写真/大塚敬太)