ライフハッカー[日本版]では新しい働き方の1つとして、「リモートワーク(在宅勤務)」についてこれまで何度か取り上げてきましたが、日本ではいまだほとんど浸透していないように思います。そこで今回は、日本国内でリモートワークを実践している「WordPress.com」の運営会社・Automattic社で働く高野直子さんにインタビューしました。

オープンソースのブログ、CMS(コンテンツマネジメントシステム)としてトップレベルの知名度を誇るWordPressですが、その創始者が運営しているAutomattic社についてはよく知らないという人が多いのではないでしょうか。すべての社員が特定のオフィスを持たず、世界60カ国以上に散らばってリモートで業務をこなすという日本ではまずないであろう勤務形態の同社について、詳しくお話をうかがいました。

「会議するから会おう」という発想がそもそもない

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米田:現在、Automattic社の中で日本人の社員は高野さんだけなんですか?

高野:もう1人、イギリス在住の日本人男性がいますが、日本在住の日本人ということですと私だけですね。

米田:本社はアメリカにあるんですよね?

高野:そうです。アメリカを中心に英語圏にいくつか支社があります。支社がある地域に住んでいる人はそこの所属になりますが、オフィスが存在するわけではありません。それ以外の社員はアメリカ本社と契約して、世界各地でリモートで働いています。1つの国で5人程度社員が増えれば支社がつくられる、というイメージです。

米田:アメリカ本社に1度も行かずに社員になるという人もいるんですか?

高野:ほとんどそうですね。面接もスカイプまたはSlackでやります。すべてオンラインで仕事するので、それにマッチした人かどうかを判断するみたいです。

米田:なるほど。高野さんは具体的にどんな仕事をしてるんですか?

高野:今はブラジル向けのマーケティングを担当しています。ブラジルは英語圏以外の国としてはユーザーが多くさらなる伸びが期待できそうなので、全社的に力を入れているんです。

米田:Automattic社ではチームごとに合宿を行うそうですね。今は何人くらいのチームで仕事されてるんですか?

高野:私のチームは6人です。ヨーロッパやアメリカを中心に、全員が別々の場所に住んでいます。なので定期的に合宿という形で顔を合わせる機会があり、今年はコペンハーゲンに行きました。また、年に1度だけ全社員が世界のどこかで集まります。

米田:基本的にフラットな関係のチームなんですか?

高野:そうですね。6人の中に1人、ミーティングを開いたりレポートを書いたりする実務的なまとめ役のチームリードがいますが、かなりフラットです。レビューは年に数回あります。

米田:勤怠管理はどうされているんですか? 完全に成果主義?

高野:あまり縛りはないですね。1日のうち何時間仕事してもいいし、今日は用事があるから2時間抜けてまたやるとか、柔軟に時間を使えます。1日のうちに決まった業務をやればいいという感じです。

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WordPress.comの管理画面。2005年にローンチし、一般ユーザーから

New York Postなどの大手メディア企業まで広く使用されている。

米田:WordPressはオープンソースのサービスですが、Automattic社はB to Bのビジネスでマネタイズしているんですか?

高野: B to B、B to C 両方ですね。WordPressをベースにしたホスティングサービスを提供し、半分はニュースメディアなど法人向け、もう半分は一般ユーザーの方のアップグレードでマネタイズしています。また、個人ブログ向け有料サービスと、広告からの収入も一部あります。

米田:Automattic社の創業者であるマットさんはどんな方ですか?

高野:最初に会ったのは2007年で、そのころはまだ20代前半でした。オープンソースということもありフワっとした感じの人かと思ったら、意外にビジネスやマーケティングについてよく考えている人だなという印象を受けました。いわゆる西海岸のスタートアップのギラギラ感はなくて、インテリ系の人という感じです。

米田:マットさんは就職せずに起業されたんですか?

高野:はい。大学を中退して、最初はアメリカのCNET社の中でWordPressを開発していましたが、そこで限界を感じて起業したようです。WordPressがつくられた2年後、今から10年前に会社を立ち上げて、しばらくは開発者が数人、ビジネスのパートナー1人という規模だったとのことです。今は全社員合わせて400人くらいです。

米田:400人といっても、社員の国の数は相当多いのでは?

高野:アメリカやカナダ、ヨーロッパが中心にはなりますが、最近はアジアも増えています。

米田:英語圏以外で展開していくときも、やりとりはスカイプなどで行うことになると思いますが、現地の英語ができる人を探すんですか?

高野:ブラジルであれば、ポルトガル語と英語ができるのが前提ですね。

米田:しかし、日本に1人しか社員がいないというのは驚きです。アジア支部のようなものがあって、ある程度の人数の社員がいるイメージでした。結構前から日本語のサービスはありましたよね?

高野:アジアには少し前まで数人しかいませんでした。日本はもともとオープンソース版WordPressのユーザーが数多くいるので、大きいイベントなどをやるとボランティアスタッフとして何十人も集まります。

米田:リモートワークというものに僕が最初に触れたのは、「37signals」の本『REMOTE』を読んだ時でした。こういう会社が日本に増えればいいな思いつつ、なかなかそういう風にはならないな、というのも同時に感じています。アメリカはやはり国土が広いというのが大きいのでしょうか。

高野:アメリカでフリーランスデザイナーをしているときは、ほとんどお客さんと会ったことがなかったです。ミシガンに住みながらニューヨークのお客さんの対応もしていました。WordPressはもともとオープンソースプロジェクトとしてはじまったので、社員を1カ所に集めることが物理的に不可能だったんです。だから、「会議するから会おう」というような発想がそもそもないんですよね。

日本では定着しない? "自由な働き方"

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米田:数年前まではアメリカに住んでいたそうですね。そもそもなぜアメリカへ行こうと思われたんですか?

高野:中学校や高校が厳しくて、この環境でずっと生きていくのは嫌だなとなんとなく思っていました。だから全然違う環境に身を置くため、高校卒業後にアメリカの大学へ進学しました。

米田:元々英語は得意だったんですか?

高野:いえいえ。日本で勉強していても、現地に行ってみたら全然ダメでした。文法などは理解してましたけど、耳で聞いてもわからないというレベル。

米田:大学卒業後すぐにアメリカで就職したんですか?

高野:卒業したのが2001年頃で、ちょうど向こうでITバブルがはじけたタイミングだったんです。それもあって、とりあえず最初は知り合いのツテで地元福岡のIT関係の会社に就職したんですが、すぐに立ち行かなくなり、フリーランスになりました。

米田:本職はウェブデザインなんですよね。

高野:最初はそうでした。その後アメリカへ渡り、最初は翻訳の仕事などもやりつつウェブ制作に関わる仕事をしていましたが、ご縁があってWordPressに関わるようになりました。

WordPressができてから10数年経ちますが、最初はアメリカでは盛り上がりつつも日本での知名度はなく、日本語の情報が少なかったんです。他にやる人が誰もいなかったので、オンラインのドキュメンテーションを書くなど、コミュニティマネージャー的な役割を担うようになりました。

米田:高野さんご自身も、もともとオープンソースのような多くの人に開かれたカルチャーが好きだったんですか?

高野:そうですね。でもオープンソースがなんなのか最初は知らなかったです(笑)。アメリカのカルチャーが好きで、やればやるだけ認めてもらえるとか、上下関係があまりないというのが自分に合っていると思いました。

米田:その後日本に帰国するわけですが、東京に住まれてどのくらい経ちますか?

高野:2011年の初めからなので、4年目になります。今は夫の仕事の関係で東京に住んでいますが、もし異動などがあればどこでもに住んでも大丈夫とは伝えています。

米田:うらやましがる人も多そうですね。

高野:片方が融通が利くといいですよね。転勤や引っ越しなど普通はあまり簡単にいかない場合が多いでしょうから。

米田:オンラインの状態さえ確保できれば、世界中どこでも働けるというのは強いですね。

高野:そうですね。だから私は逆に突拍子もないところに住んでみたいなと思ってます(笑)。今は子どもが小さいので前ほど自由ではないんですが、うちの会社は5年働くと3カ月休暇がとれるので、来年は普段行けないようなところに放浪してこようかと思っています。

子育てしながら働ける環境

米田:1日何時間くらい仕事していますか?

高野:子どもを送ったあと朝9時ごろにここのカフェに来て、17時前くらいまで仕事してまた子どもを迎えに行きます。時差があるので、子供が寝たあとにまた同僚やベンダーさんとやりとりをすることもあります。

米田:Automattic社にはパパ、ママがたくさんいるそうですね。

高野:そうなんです。若い人は逆に、他の会社の方が楽しそうだと言ってやめてしまうこともあります。みんなでワイワイ楽しくやりたい、という人には合わないかもしれません。家族や自分自身の時間を優先して働きたいという人の方が、メリットを感じて長続きする傾向にあります。

米田:時間の融通が利く分、小さなお子さんがいても働きやすいですよね。比べて日本の女性の働き方というのはいまだ窮屈だなと感じます。高野さんは海外での経験がおありだったからだとは思いますが、自由な働き方ができていますね。

高野:逆にそれが当たり前というか、向こうの企業で働いていた時は、ラッシュを避けるために早朝に来て16時くらいに帰ったりしている人もけっこういました(笑)。

米田:なぜ日本の会社はそうならないんでしょう。ラッシュなのにみんなと同じ時間に来て同じ時間に帰るという。「みんなと同じ」というのが好きなのでしょうか。

高野:もうそろそろ変わってもいいと思いますね。

米田:そうですよね。大企業には無駄が多いと感じるそうですが、なぜですか?

高野:デトロイトで働いていた広告代理店は1000人以上いる会社でしたが、社内政治とか部署同士のいがみ合いなどもあり、そういうことが面倒に感じていました。

米田:日本の大企業にいて「無駄が多い」と感じるのはなんとなくわかりますが、アメリカの大企業にいてもそう感じるんですね。

高野:同じようなところはあると思いますよ。

米田:リモートワークの会社で社内政治は起こらないんですか?

高野:少しはあるみたいですね。人間関係で悩んでやめる人もいるみたいです。

米田:ネット上だけで、普段会わないからこそ起こるトラブルというのもあるんですかね。どんなトラブルがありますか?

高野:たとえば、我が強い人がいてその人が嫌だとか。もちろん文化の違いもあるとは思いますが、癖が強い人は少なくないので、たまにトラブルはあるようです。

米田:その中で、日本人である自分についてどう思いますか?

高野:どっちのバランスもとりつつ、みたいな良くも悪くも中立になってしまうところがあります。

米田:調整役ですね。

高野:弱く出てしまうこともありますが、衝突せずに話を進めることができるというのは得ですね。

グローバルに働くということ

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米田:ライフハッカーでも「働き方」や「グローバルに働く」というテーマの記事を多く出していますが、高野さんを見ていると、あまりそう強く意識しなくてもいい時代なのかな、という気もします。とりあえず行っちゃえばなんとかなるというか。その上で、「海外で働くコツ」というのはありますか?

高野:最初に仕事をする時は経験がないので、ハッタリでも「できます」と言うことが大事かなと思います。最初に就職した時は電話をとることすらも怖かったです。それでも仕事しているうちに段々と慣れてできるようなりました。「飛び込む勇気」というのはある程度必要かなと思います。

米田:しかし、日本人にとってはいまだ語学の壁は大きいですよね。

高野:そうですね。自分の子どもにどう力をつけていけばいいのかというのは、考えてはいます。私も高校生くらいまでは全然ダメだったので、そのくらいの年齢になってからでもいいのかなとも思いますが、その分苦労もしたので。それまでにできることはしてあげたいなと思います。

米田:それ以外の個人としてのスキルや強さという点はどうですか? 高野さんはウェブデザインというスキルがあったと思いますが。

高野:今はもともと思い描いていたこととは全然違うことをしています。一応デザイナーだったんですけどね(笑)。

米田:僕も同じです。フリーランス時代はいつも「なにをやっている人なんですか?」とよく言われていました。もともとはフリーランスの編集者からはじまり、紙媒体が衰退していくにつれ仕事を求めてイベントの企画をすると、今度は司会もやることになった。本を出版したらプロモーションのためにテレビやラジオに出ることになり、ウェブメディアの立ち上げを手伝ったらソーシャルメディアの運用もやってくれと頼まれて...というように、なんでもやるようになりました。さらにさかのぼれば、プロレス・格闘技の記者からはじまり、その前はバイオの研究機関で広報をやっていました。だからキャリア的にはムチャクチャなんですよ。

高野:CMSはもともとなかった新しい分野ということもあってか、世界中をずっと旅してたとか、変わったキャリアの人は私の周りにも多くいます。

米田:WordPressができてから12年になるそうですが、CMSは今後どうなっていくと思いますか? 

高野:うーん、どうでしょう。今は生まれたときとは全然違う形になっています。第1フェーズがブログで第2フェーズがCMS、今はまた過渡期で、今後はまた全然別のものに変わってくんじゃないでしょうか。

米田:個人が皆ブログやSNSをやり、組織は皆自社メディアを持つようになり、次はポストソーシャルに向かうのではないかと感じています。

高野:先のことはわからないですね。わかってたら面白くないです。

米田:わからないから面白いと(笑)。

高野:そうですね。WordPressの開発者も、「5年後こうなる」という予見のもとに作っているわけではなくて、ユーザーからのフィードバック等をもとに方向性を決めています。

米田:ピボットの連続ですね。この時代、逆にビジョンに縛られるということもありますからね。チームマネジメントとしてリーダーシップは重要ですが、バランスが難しいところです。

高野:共通しているのは、その人を信頼してついていくということじゃないでしょうか。「この人のために働きたい」「この社長だからやってる」という気持ちは自分は強いです。

米田:なにをしたいかよりも誰としたいかが重要だということですね。

高野:はい。社長の「青い理想」に自分も必死についていく、という感覚です。

米田:青い理想とは?

高野:よく言っているのは、貧富や言語の別け隔てなく誰もがパブリッシャーになれるようにしたいということ。IT関係じゃない人たちのことをもっとサポートしたいし、もっともっと簡単にして、多くの人に使ってもらえるようなものを作っていきたいということですね。

米田リモートで世界中バラバラに仕事をしているのに人に惹かれるというのは、逆説的ですごく面白いですね。

高野:キャリアの最初と今では全然やっていることは違います。ひょっとすると少し古い考え方なのかもしれませんが、会社の中で与えられた仕事を全力でやる、という意識は強いですね。


人間関係が希薄になりがちなイメージのリモートワークですが、意外にも「一緒に働く人」を重視しているという高野さんでした。

後日ライフハッカーでは、Automattic社のCEO・マット・マレンウェッグ氏にもインタビューを行いました。近日中にその模様を公開しますので、乞うご期待です。

(聞き手/米田智彦、文・写真/開發祐介)