旅行好きの人なら、時差ボケがどんなものかご存じでしょう。予測可能なのにツラいこの時差ボケ、何とかすることはできないのでしょうか。実は、新しい時間帯に体内時計を調整しやすくする方法があるのです。

筆者は2週間後、ヨーロッパに飛ぶ予定です。そのため、このところ時差ボケについてあれこれ考え中。これまでに海外を訪れたのは数回ですが、身体の反応はさまざまでした。2~3日も時差ボケでヘロヘロになったこともあれば、何にも感じなかったこともあるのです。

そこで、時差ボケが起こる理由とその影響を知ることで、旅先の時間に早く慣れることができるのではないかと考えています。

時差ボケの正体

基本的に時差ボケとは、体内時計が混乱したときに起こる一連の症状のことを指します。人は誰でも、体内時計を持っています。「体内時計」遺伝子を形成しているのは、視交叉上核(SCN)と呼ばれる少数の細胞からなるグループ。これらの細胞が、体内のその他の部分のオン/オフを切り替えたり、現在の時刻やすべきことを伝達しています。

体内時計は、私たちを昼夜のパターンに同調させる働きをします。夜の睡眠以外にも、空腹感、気分、血圧などにも影響を与えます。

体内時計の調整を助ける主な信号の1つが「光」です。毎日、太陽の光を浴びると、体内時計がリセットされます。

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NASAの疲労管理チームでチーフを務めるSmith L. Johnston博士によれば、私たちの身体が1時間の時差を調整するには約1日かかるそうです。つまり、何時間もの時差があるところに行けば、調整に何日もかかっても不思議ではないのです。

ある研究チームがマウスの時差ボケについて調査した結果、時差ボケの根本的な要因は、光に対する体内時計の反応を止める、脳内の「ブレーキ」プロセスにあることが分かりました。研究者らがマウスの時間帯を6時間ずらしたところ、多数の遺伝子が活性化したものの、SIK1というタンパク質によって、「それらの遺伝子がすべて不活性化され」たのです。

つまり、このタンパク質がブレーキとして働き、光が体内時計に与える効果を妨げているということになります。ちなみに、すべてのほ乳類は非常に似通った体内時計プロセスに従っているため、この実験結果は人間にも該当するはずです。

同研究では、SIK1の機能を低下させたところ、マウスは時差ボケに苦しむことなく、6時間の時差をすぐに調整できたそうです。

私は当初、この結果を理解できませんでした。でも、ブレーキが存在する理由は、人工の光や月の光によって体内時計が影響を受けないようにするためであるというBBCの記事を読んで納得できました。さもないと、体内時計が不安定になってしまいます。SIK1タンパク質は、体内時計の安定性を確保するために、時差の調整を遅らせる働きをしているのです。

時差ボケの影響

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これで時差ボケの原理はわかりました。では、時差ボケになると、私たちの身体にどんな影響があるのでしょうか。時差の調整が遅いことは、時差ボケ解消にどれほどの悪影響を及ぼすのでしょうか。

そんな疑問を持ったあなたは、ひどい時差ボケになった経験がないのでしょう。よくある症状としては、疲労、混乱、集中力欠如などが挙げられます。気持ちや感情を新しい環境に慣らしていかなければならない状況で、そんな症状が何日も続くことを考えてみてください。

悪影響はそれだけではありません。時差ボケが遺伝子のリズムを破壊することもわかっています。また、脳内神経細胞の成長を妨げ、学習能力と記憶容量の低下、およびストレスの増加を促すことも示されています。

時差ボケに打ち勝つには

健康への悪影響というよりも、時差ボケは不快な症状をもたらすので、極力避けたいと思うでしょう。時差ボケの症状を避ける唯一の手段は、新しい時間帯に早く慣れること。以下に、それを実践する方法を紹介します(これらの手法を混ぜるのがベストだと言う人もいるようです)。

出発前からスケジュールを合わせておく

これを実行する前に、目的地の方角を把握しておく必要があります。なぜなら、多くの人にとって、東への移動の方が、西への移動よりも調整しにくいからです。西へ向かう場合、体内時計を遅らせる必要があるため、遅寝遅起きをすればいいことになります。一方で、東へ向かう場合は体内時計を早める必要があるので、西へ向かうよりもずっと、調整が難しいのです。

出発前から体内時計を少しずつ遅らせておく/早めておくことで、身体の調整が迅速にできるようになり、時差ボケの影響を抑えるられるという研究結果が出ています。

ラッシュ大学医療センター生体リズム研究所のHelen Burgess所長は、シカゴからエジプトに旅行した際、事前にスケジュールの調整を試みました。出発の数日前から、毎日1時間ずつ寝る時間と起きる時間を早め、午後の早い時間に少量のメラトニンを摂取。さらに、体内時計を進めるために、毎朝明るい光を浴びました。その結果、極めてスムーズにエジプトの時間帯に慣れることができたそうです。

意識的に光を浴びる

時差ボケを回避する方法としては、「光の浴び方」をコントロールするのがもっとも有効であるとする研究者もいます。前述のNASAで疲労管理を担うSmith L. Johnston博士もその1人で、このプロセスが新しい時間帯に調整する最良の方法であると述べています。

NASAの疲労管理チームのコンサルティングメンバーを務める神経学者、Steven W. Lockley氏によると、新しい時間帯にすぐに慣れようとするのは「完全な間違い」なのだとか。何時間もの時差を一気に調整しようとすると、疲労がたまるだけだというのです。

必要なのは、意識的に光を浴びることで、新しい時間帯に少しずつ慣れていくこと。

新しい時間帯に合わせて体内時計をリセットするには、しかるべき時間に光を浴び、しかるべき時間に光を避けること。東に移動するのであれば、体内時計を進める必要があります。なので、朝の光を意識的に浴び、午後の遅い時間帯には光を避けるようにしましょう。そうすることで、早い時間帯に体内時計を調整することができます。西に移動する場合は、逆を意識してください。

意識的に光を浴びるのが難しいというあなたには、アプリの利用がおすすめです。ミシガン大学の研究者が開発したiOSアプリの「Entrain」は、光をどのように浴びたかの状況を記録できます。また、異なる時間帯に同調する(つまり新しい時間帯に慣れる)ために必要な光の量を計算してくれます。

メラトニンを摂取する

この方法を実行する場合、まずは医師に相談しましょう。メラトニンは脳が分泌する化学物質で、眠気を誘発します。米国ではメラトニンは食品医薬品局(FDA)の規制対象ではなく、市販されていますが、誰にでも適しているというわけではありません。

しかし、ある研究において、午後の早い時間帯に5mgのメラトニンを摂取した場合、新しい時差への調整が早くなるという結果が出ています。

オレゴン健康科学大学のLewy博士は、体内時計が追いつくまで、毎晩現地での就寝時間に少量のメラトニンを摂取することを勧めています。西に向かう場合は、夜の時間帯の後半にメラトニンを摂取するといいそうです。

元の時間帯をキープする

時差が3時間以内の場所への短期間旅行の場合、まったく調整しない方がいいこともあります。リバプール・ジョン・ムーア大学で生体リズムを研究しているJim Waterhouse教授は、長期間滞在しないのであれば、現地時間に合わせるのではなく、元の時間帯をキープすることを勧めています。例えば3日以内の旅行であれば、調整するための時間が十分に取れないので、努力が無駄になってしまいます。同教授は、元の時間帯のままの腕時計を身に付けて、それを見ながら行動することを提案しています。

筆者はオーストラリア在住なので、旅先であるヨーロッパは西方面。つまり、辛いと言われる東方面への移動は、帰国時まで訪れません。それに、早寝は得意なので、毎晩少しずつ寝る時間を早めるのはそれほど大変ではないはずです。

しかるべきときに自然の光を浴び、しかるべきときに避けるという方法をやってみるのが楽しみです。はたして私は、新しい時間帯に早く慣れることができるのでしょうか。17時間も連続で寝てしまった初の時差ボケ体験に打ち勝つことができれば、私はそれだけで幸せです。

The Truth About Jet Lag and How to Overcome It | Crew Blog

Belle Beth Cooper(原文/訳:堀込泰三)

Images by Chasin' Pigeons, vollefolklore (Flickr), PublicDomainPictures (1, 2), and OpenClips.