ライフハッカーで度々取り上げてきた日本各地での「新しい働き方」「起業」、そして「移住」というテーマ。2015年になってからは、最も熱い注目を集める地域として福岡に関する記事を次々と公開してきました。

しかし、暮らしやすくなるものの移住やUターンにつきものなのが「そこに仕事があるのか?」「収入が減るんじゃないのか?」という疑問点です。

そこで今回から、福岡での仕事、働き方、起業にフォーカスし、企業の場所や規模を問わず、優秀な人材獲得の機会を提供してきた株式会社ビズリーチとのコラボレーションによる連載「ワークデザイン!福岡」を始めることになりました。福岡で働くこと・暮らすことの魅力から始まり、「なぜ今福岡なのか?」という点を、さまざまな角度から皆さんにお伝えしていきたいと思います。

ライフハッカー[日本版]編集長のわたくし、米田も福岡市出身ということで、多少肩に力が入っていますが、都会と海と山がすぐ近くにあるコンパクトシティであり、おいしい食があり、いわゆるクオリティ・オブ・ライフが非常に高いことはもちろんのこと、福岡市は現在、グローバル創業・雇用創出特区としてベンチャー支援・クリエイティブ産業の創出に力を入れています。連載第1回にふさわしいゲストとして、今や日本の地方創生を牽引する存在として全国から注目を集める髙島宗一郎・福岡市長にご登場いただきました。

髙島宗一郎(たかしま・そういちろう)

1974年生まれ。1997年KBC九州朝日放送に入社。福岡の朝の顔としてワイドショーや環境番組のキャスターを務める。2010年12月に福岡市長就任。都市経営の基本戦略「都市の成長と生活の質の向上の好循環の創出」に基づき、様々な施策を展開。特に創業支援に注力し,2014年5月には国家戦略特区を獲得。規制改革などによる新しい価値を生み出す環境づくりに精力的に取り組む。2014年12月2期目就任。福岡市を次のステージへと押し上げるためのチャレンジ「FUKUOKA NEXT」を推進している。

福岡市には、クリエイティブを創造する環境と独自のビートがある

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▲人と都市と自然が共生するコンパクトシティ・福岡市

── 福岡市は今、政府の国家戦略「グローバル創業・雇用創出特区」として、世界一起業しやすい、チャレンジしやすい街を目指しています。そこでまず、福岡市が持っている特性やポテンシャルについてどのように分析しているのか教えてください。

髙島氏:特区に指定されて1年。起業などのスタートアップや拠点を福岡市に移すIT関連企業に対する支援などを行ってきました。お陰様で、全国的に注目を集め、成果を上げることができていますが、その背景には、クリエイティブなコンテンツを生み出す、福岡市ならではの環境があるからではないでしょうか。

たとえば、福岡は数多くのアーティストを輩出していることで知られていますが、その理由の1つは「メガシティの東京とは違う、福岡市独自のリズム、ビート」があるからだと私は思っています。福岡市はコンパクトな中に、海があって、山があって、都市機能がある。ザーッと打ち寄せる波の音と、山の音、それとまた都心の音っていうそれぞれが奏でる音、リズム、ビートが違うと思うんですよね。その"弛緩"と"緊張"の両方のバランスが取れている環境があることこそが、クリエイティブな発想、創造力を生み出す力になっているのだと思います。

一級河川がなく工業化が難しい宿命を逆転の発想で自らの力に変える

髙島氏:もう1つは、20ある政令指定都市の中で唯一、一級河川がないことです。これが何を意味するかというと、大量の水を必要とする製造業などの工場を建設するには不向きな場所だということです。福岡市の経済は今でも9割が第3次産業で成り立っていますが、工場を造れないからこそ、逆に高付加価値な知識創造型産業を福岡に集積させるということが、間違いなく地勢的にも生き残る道なんです。福岡市が知識創造型産業に力を入れていくということは必然ととらえています。

「日本を変える、世界を変える!」。そんな夢を懸けられる舞台を提供すること

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── では、知識創造型産業の振興をはじめ、福岡市の成長戦略を市長はどのようにお考えですか?

髙島氏:先ほど申し上げたように産業構造がわかりやすいので、やるべきことは明確です。「交流人口を増やす」こと。つまり、観光客を含め、消費者をたくさん呼び込んでくることが、街が潤う一番の方法なんです。まず交流人口を増やすことを短期的な戦略とし、中期的には、知識創造型産業の振興。そして、長期的戦略として支店経済から脱却することを明確に定めています。

── しかし、第3次産業ばかりに注力してしまうと、農業生産者などほかの産業に従事する人たちからの反発も予想されますが...

髙島氏:もちろん、行政は余すところなく、すべてを包括的に行うことが欠かせません。しかし一方では、選択と集中も必要です。あれこれも手を出していたらどれもうまくいかなくなることもある。ですから、手広く行うのではなく、産業構造の特性をしっかりと踏まえて、交流人口増のための施策、そして、知識創造型産業の振興を明確に掲げてフィーチャーしていく。そこが重要なんです。

これから日本の構造改革を行ううえでは、いわゆるより高付加価値の産業に労働力を移動させていかないと、商品が売れないお店に皆が就職したって給料は上がらず、人を減らすしかないということになってしまいます。ですから、福岡市ではより高付加価値のものという方向で街の産業政策を進めています。単なる「デジタル」ではなく「クリエイティブ」な産業を生み出すことが目標なんです。

博多どんたくのスピリットが根ざす街だからこそ追求したい場所

fukuoka_dontaku.jpg▲福岡市で毎年5月3日、4日に開かれるお祭り「博多どんたく港まつり」。観客、参加者の数は200万人を超える。「どんたく隊」と呼ばれる様々なグループが演舞を披露する。

髙島氏:ところで、今年開催され、私も登壇した「SLUSH ASIA」で、起業家たちがステージに上がってピッチをしていた姿って、カッコ良かったじゃないですか。

── はい。皆さん、ロックスターのようでしたよね。

髙島氏:あれを見たら、「俺もあそこ立って、日本を変える、世界を変えるって言ってみたい!」ってなりますよね。昔の福岡の若者は本当にロックスターを目指し、「音楽で世界を変える!」って叫んでいたと思うんですよ。そして今は、起業家が「自分たちのサービスと技術で日本を変える!世界を変える」と叫べる時代なんですよね。ですから、そういうマインドを喚起するような「行政の施策×デザイン」というのはすごく大事な部分だと思っています。

── 市長のおっしゃる、そういった福岡の人のメンタリティーといえば、企業や市民、学校が自己PRのために練り歩く「博多どんたく」にも通じるところがありそうですね。

髙島氏:そうなんです。ゴールデンウィークに日本で一番人が集まるお祭りですが、実は特別なことをしているわけではない。どんたくの舞台に上がって、パレードをしながら、自分たちが普段やっていることをアピールしている。つまりは、このお祭りは参加するみんなが主役なんですね。行政はその舞台を提供するだけです。

そういう街ですので、博多どんたくの2日間で終わらせるのではなくて、福岡市の街自体を舞台にして、夢が語れるような、夢を懸けられるようなマインドを喚起する場所が絶対に必要です。そんな象徴として福岡市スタートアップカフェという創業支援や相談対応を無料で行う場所を市の中心の天神につくりました。

「今より幸福感を得られる未来へ」自分たちの世代が社会を変えていく

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── ビジネス誌『Forbes JAPAN』のインタビューで市長が語った「いつになったら、僕らが主役の時代がくるんだ」という発言が私も市長と同世代なので、とても印象的でした。確かに、40歳になった市長の世代が発信力を高めていかなければ、今の20代、30代の人たちが夢を語ることができませんからね。

髙島氏:本当にそう思います。私が大学生のころはバブル崩壊後の低成長時代で就職難でした。しかも、就職できたとしても給料は下がり続けるし、いつになったら自分たちが主役になれるのか? と思っていたら、世の中は高齢化社会と言っている。正直、冗談じゃないですよ。だからこそ、私たちの世代が日本を担う原動力にならなければいけないし、そのためには、競争力のある産業や人材を育てて、どんどん社会を変えていく仕組みをつくらなければいけないと思っています。

人と環境と都市活力の調和がとれたアジアのリーダー都市を目指す

fukuoka_yatai.jpg▲福岡の食の代表の1つである中洲に並ぶ屋台。仕事帰りのビジネスパーソンと観光客で賑わう。外国人観光客も多い。

── 次に、福岡市のもう1つの注目点である暮らしやすさ「クオリティ・オブ・ライフ」について伺いたいと思います。私は大学進学と同時に福岡市を離れて東京で暮らしていますが、周囲から「福岡っておいしいものがたくさんあるよね」と言われて初めて地元の良さに気づいたんです。外に出ないと内の良さはわからないというのが人というものではないでしょうか。その意味で言うと、福岡の人が福岡の良さを一番わかっていないのかもしれないと思ったりもしますが、その点はどう感じていますか?

髙島氏:その通りかもしれませんね。福岡市に移住して来た人たちの声を聞いていると、よく言われる「田舎が好き」と言うのではなく、「都会の良さと田舎の良さの両方がある」から移住してきたと言うんです。つまり、福岡市にはビジネスを円滑に行える機能や歓楽街など街を楽しむ機能、さらに国際空港がありながら、すぐ近くに自然があり、1時間程度で湯布院や別府温泉、阿蘇にも行くことができるというロケーションがある。福岡市民が当たり前のように感じていることが、実は一番の強みになっているんです。

── 移住の視点で見ると、生活の質は上がるけれども、仕事がなかったり、収入が下がる不安はつきものだと思いがちですが、福岡市はビジネス環境の充実度が高いですよね。

髙島氏:福岡市は今、「人と環境と都市活力の調和がとれたアジアのリーダー都市」の実現を目指しています。しかし、アジアのリーダー都市といっても、東京や上海のようなメガシティになりたいわけではなく、違う価値観の軸を打ち立てた街のことです。

たとえば、ちょっと行けば海や山があってリフレッシュできる。川から流れ込むミネラル豊かな水が博多湾のおいしい海産物を育て、それを安心して口にすることができる。子供たちを安心して学校や遊びに出すことができ、ビジネスもちゃんとできる。この調和がとれているということが大事なことだと思うんです。

グローバルなビジネスが展開できる経済力

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髙島氏:イギリスのグローバル情報誌『MONOCLE(モノクル)』が毎年公表している「クオリティ・オブ・ライフ −世界で最も住みやすい25の都市ランキング」で2015年、福岡市が世界で第12位、アジアでは東京に次いで2位に選出されました。しかし、なんで世界中から福岡に引っ越してこないのかという疑問が湧いてきます。

答えとして、福岡に引っ越したら「収入が減るんじゃないか」「国際的ビジネスできないんじゃないか」。このビジネス環境に懸念を抱いている可能性があるわけです。

だからこそ、都市活力の部分で「グローバルなビジネスもしっかりできる」「これまでどおり、あるいはこれまで以上の収入を得られる」ことが実証されれば、どこにも負けない街になると思うんですね。そこで今、経済にすごく力を入れているんです。

高付加価値の高いビジネスにチャレンジできるコンパクトシティ

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▲シアトルでの投資誘致ミーティングの様子

髙島氏:アメリカのシアトルへ視察に行ってインスパイアされたことがあります。シアトルの人口は福岡市の半分もありませんが、アマゾン、マイクロソフト、スターバックス、コストコなどグローバル企業が誕生して、今も拠点を構えています。この地で創業したことへのこだわりがあるんです。

その意味で、中長期にはなるけれども、創業を支援して福岡市に愛着を持ったグローバル指向の高付加価値のビジネスが集まる環境を、素晴らしい自然と住みやすさを兼ね備えたコンパクトシティにつくる必要があります

また、福岡市はシアトルと同じように大都市と比べてビジネス格段にコストが安く、例えば東京では3回しかトライ&エラーができない資金であっても、福岡市ではその何倍もの回数チャレンジすることができます。つまり、それだけ福岡市は可能性と寛容性に満ちた街なんです。

シリコンバレー視察で気づいたグローバル企業を育てる2つのカギ

── 先日、シリコンバレーを視察されたそうですが、その目的と成果はいかがでしたか?

髙島氏:福岡市のスタートアップでグローバルになっている企業はまだありません。そこで、なぜシリコンバレーはハイテク産業が多数生まれ、世界的なIT企業の集積地となったのか。福岡市が知識創造型産業の振興を目指すための新しいヒントを見つけるために行きました。

その1つが「教育」です。ある小学校では、「アイスクリーム屋の立ち上げ」といったロールプレイを行う授業があり、子どもたち自身が、アイスクリームの売り上げを上げるためのアイデア出しやアドバタイズ,プレゼンテーションをやっていました。

この授業では、「1+1=2」のように一つしかない正解を求めるのではなく、視野や発想を広く持ち、考えを進めていくオープンエンドでクリエイティブな作業を繰り返し行います。

これがアントレプレナーを育む基礎となり、この経験は大学などで高度な知識を習得した後、実社会で生かすことができます。産業の発展は人材の育成が最も大事であり、それは小学校に通う小さなころからやっておくべきことだと、その重要性を痛感しました。

徹底的に暮らしやすい理想の街を創る、そのための第1歩を踏み出すのがリーダー都市の使命

── 最後の質問となりますが、市長が描いている近未来の福岡市の理想像について教えてください。

髙島氏:映画『攻殻機動隊 新劇場版』が福岡市の近未来を描いているのですが、物語では福岡市が東京に代わる新首都になっているそうです(笑)。

首都かどうかは別として、福岡市が目指すのは先ほども話した「アジアのリーダー都市」であり、人を中心に安全安心が確保されたなかでグローバルなビジネスが成長できる、徹底的に暮らしやすいユートピアをつくっていくことが、リーダー都市としてのチャレンジであり使命だと思っています。

髙島市長が思い描く理想の福岡はまだ始まったばかり。しかし、確実に街と人は変わり、数年前とは違った空気が流れていました。アジアの拠点として、コンパクトシティとして、この街からグローバル産業が生まれてくることに期待はふくらみます。

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ビズリーチは、平均年収910万円、約49万人のビジネスパーソンが登録する、日本最大級の管理職・スペシャリスト向け転職サイトです。ビズリーチ会員の転職意向に関するアンケートでは、7割が「やりがいがあれば転居して別の地域に勤務することに前向き」と回答しています。うち6割が「やりがいがあれば年収が下がっても構わない」と回答しています。 ビズリーチでは年収や企業規模を問わない転職を「やりがい重視型転職」と呼び、さまざまな自治体や地方企業とのコラボレーションを通じて、地方に貢献する求人・キャリア情報を提供しています。

また、今回の連載では福岡市にもバックアップをいただいています。福岡市でも独自に、IT・デジタルコンテンツの開発経験者、いわゆるクリエイティブ人材の市内企業への転職・移住を応援するプロジェクト「福岡クリエイティブキャンプ」を立ち上げ、転職・移住者の支援を行っています。

次回は、髙島市長もふれた福岡市の創業・起業の起点となっている「福岡市スタートアップカフェ」の取材記事を掲載します。

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ビズリーチ・福岡ベンチャー企業特集|PCサイトスマートフォンサイト

(聞き手・構成/米田智彦、文/香川博人、写真/有高唯之)

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