ロボット掃除機「ルンバ」をはじめとして、世界50カ国以上で1200万台超の売上げを誇るホームロボットを開発し、面倒・汚いといったこれまでの掃除の概念を一新させたロボット専業メーカーのアイロボット社

小さなベンチャー企業からわずか10数年で世界規模のロボット企業へと成長した要因に多くのメディアは、創設者であり現CEOのコリン・アングル氏の斬新なアイデアとリーダーシップを挙げています。

今回ライフハッカー[日本版]では、ロボット業界のイノベーターであるコリン・アングル(以下、コリン)氏に9つの質問を投げかけました。コリン氏とアイロボット社は、どのように苦難を乗り越え、夢を形にし、理想を現実の世界にしてきたのか。コリン氏の回答を、アイロボット社の歩みを振り返りながら紹介しましょう。

人に代わって働き、人をもっと自由にするロボットを創造する

少年時代にSF映画を観たことでロボットに目覚め、MIT(マサチューセッツ工科大学)で人工知能を研究していたコリン氏は、1990年に同じ研究室出身の2名とともにアイロボット社を設立します。「人工知能を載せた自走式ロボット」の開発は、狭いアパートの一室からスタートしました。

産業用ロボットをはじめ、いくつものロボット開発を続けてはいたものの、設立から10年余りの間は利益を生み出すことができなかったそうです。そこでまず、起業家の多くが経験する、前途多難な創業当時のことについて聞いてみました。

質問1:苦難が続いた設立後10余年を乗り越えられた原動力は何ですか?

コリン氏:たしかに初期の頃は利益が出ずたいへんな時期であり、投資家の皆さんから大きな支援をいただきました。ただ、そのような時期であっても"実用的なロボットを世の中に出す"という使命は抱き続けていました。会社設立当初からのこの想いとその頃に得たアイデアやノウハウは、その後に開発したロボットたちにつながっています。

150324_roomba_02.jpg

アイロボット社の創業当時から続く理念は「3D=Dull(退屈)、Dirty(不衛生)、Dangerous(危険)な仕事から人々を解放する」ロボットを開発すること。また、室内の床を掃除することだけに特化したルンバ、床を拭いてキレイにすることだけを目的にしたブラーバなど、「ワンミッション・ワンロボット」が製品化のキーワードになっています。

しかし意外だったのが、2000年の年末商戦に玩具市場へ投入した赤ちゃんロボット「My Real Baby」です。過去を振り返ってもリアルな人のカタチをしたロボットは、アイロボット社で唯一の存在。これは、ルンバ誕生以前の試行錯誤の産物でしょうか。もしくは、ロボット開発を進化させるための布石だったのでしょうか。

150324_roomba_03.jpg

質問2:「My Real Baby」の製品化で得たものとは何でしたか?

コリン氏:「My Real Baby」はアイロボット社にとって最初の商業用ロボットであり、世界最大級の玩具メーカーのハズブロ社との協業で実現した製品です。「My Real Baby」は、人工知能とアニマトロニクス(自然な表情や動きを精巧に再現するロボット技術)を用いたロボットではあるものの、実際の赤ちゃんのような体をしていて、子供とふれあうことでセンサーやプログラムが反応して行動するようにデザインされています。たとえば、くすぐると笑い、揺さぶると眠り、背中をたたくとゲップをします。「My Real Baby」の開発では、大量生産のノウハウを得ることができました。これは、後にルンバを市場投入する際の大きな参考となりました。

設立してからの10余年を、後につながるアイデアとノウハウの蓄積期間と語るコリン氏。そして2002年、遂にアイロボット社を世界的な企業へと躍進させるロボットが誕生します。世界を変えることになる家庭用ロボット掃除機「ルンバ」の発売です。

150324_roomba_04_03.jpg

▲歴代のルンバ。左から初代ルンバ(2002年)、ルンバ プロ(2003年)、ルンバ スケジューラー(2005年)、ルンバ500シリーズ(2007年)

コリン氏はアイロボット社の公式サイトで「ルンバは長年の研究成果が生み出した最高傑作のひとつ」と語っていますが、アイロボット社を語る上で欠かすことのできないルンバ、そして数多くのロボットはどのようなアイデアを基に生まれるのでしょうか。

質問3:アイデアを製品化へと向かわせるために必要なものとは何ですか?

コリン氏:アイロボット社では、従業員からの新しいアイデアはとてもに大切にしています。ルンバの場合は、「家庭用の掃除ロボットがあったら生活に便利ではないか」と考えた従業員グループが1万ドルの開発費と2週間の開発期間を与えられ、製品コンセプトをつくったところからスタートしました。

家庭用ロボットであれ、危険な場所でも作業する堅牢なロボットであれ、使われる技術やソフトウェアには共通部分が多く、開発段階では多くの分野のエンジニアが共同で製品開発を行います。優秀なロボット開発者になるには人工知能、各種センサー、ソフトウェアなど幅広い分野で深い理解をしていることが求められます。

アイデアは形になってはじめてわかる部分が多いため、新製品のアイデアもなるべく早い段階でどのような外見になるかをイメージします。そのシミュレーションの中ではじめて見つかる課題も多く、ロボット開発の中ではとてもに重要なプロセスだと考えています。

150324_roomba_05_genghis.jpg

▲アイロボット社設立の翌年、1991年に開発された「Genghis(ジンギス)」は、NASAの火星探査ロボットの原型となった。現在はスミソニアン航空宇宙博物館に収蔵されている

ミッションはシンプル。とにかく実用的なロボットをつくること

コリン氏は来日するたびに各メディアに対して「私たちのミッションはとてもシンプルで、実用的で素晴らしいロボットをつくることです」とロボット専業メーカーであることを強調します。では、ロボット開発に専念するアイロボット社だからこそできることとはどのようなことなのでしょうか。

質問4:アイロボット社の開発アプローチの特長とは?

コリン氏:アイロボット社は12年前にロボット掃除機のルンバによってはじめて家庭用ロボットというカテゴリーをつくり出しました。家庭で本当に実用的に使えるロボットを提供しているのは我々だけだと自負しています。

たとえば、ルンバやスクーバは、カメラやレーザーなど1つの技術だけではなく、多くのセンサーによって最適な清掃性能を発揮しているのが特長です。また、最新の800シリーズで搭載されたエアロフォースクリーニングシステムやiAdapt®などは、「日々状況が変化する部屋の中でいかに最適に掃除を行うか」をこれまでに培った知識と経験をもとにつくられています。アイロボット社の各製品は日々の生活の中で実際にどのように役に立つかを考えて設計されているのです。

150324_roomba_06.jpg

▲ルンバの最新進化系・800シリーズ。部屋の状況によって自ら考え、行動する高速応答プロセス「iAdapt(アイ・アダプト)®」を搭載し、清掃能力は前号機700シリーズに比べて1.5倍にアップした

ルンバの800シリーズは、世界に先駆けて日本で発売されました。これは日本が大きなマーケットであることに加え、「日本の顧客が満足すれば、世界中の顧客を満足させることができる」とコリン氏が過去のインタビューで語っているように、日本人の厳しいニーズに応えることが最善の製品を生み出すことを経験値として理解しているからです。

その一方で、日本のユーザーは機能とは別にルンバに愛着を持ち、掃除を代行する単なるロボットという以上の感情を抱いています。こうした日本ならではと言える状況にコリン氏はどのような感想を持っているのでしょうか。

質問5:ルンバがユーザーに愛されていることについての印象は?

コリン氏:お客様からそのように製品を愛していただけることはたいへん光栄に思います。実際に多くのお客様がルンバに名前をつけたり、声をかけたりしています。また、ルンバに乗った猫やその他の動物などの動画を数多く見ることができます。

これらはいかにルンバが人々の生活に入り込んでいるかを表しており、それらの人にとってはもはやテレビはパソコンのように日々の生活に欠かせないものとなっています。ただし、テレビやパソコンに名前をつける人はいません。ルンバはそれらの製品よりも深く愛されている証拠だと思います。

ルンバの登場によって私たちが日常生活で行っている「炊事」「洗濯」と並ぶ3大家事のひとつ「掃除」の手間が一段と楽になり自由な時間を得ることができました。では、アイロボット社が次に目指すロボットはどのようなものなのでしょうか。そのひとつの答えとされているのが、多目的ロボット開発プラットフォーム「AVA(エイヴァ)」です。

150324_roomba_07_02_ava.jpg

▲「AVA」は上部のモニターにビデオチャットで操作者の顔を映しながら自由に移動することが可能。操作者は遠隔地にいるまま「AVA」のいる場所にも"存在"することができる

これは実用的な移動ロボットのプラットフォームである「AVA」を活用し、企業や研究機関が目的に合わせたアプリケーションを手軽に開発できるアイロボット社の最新の試みです。

では、今後「AVA」によって、私たちの生活はどのような利便性や快適性が得られるのでしょうか。

質問6:AVAがもたらしてくれる日常生活の変化とはどんなものですか?

コリン氏:AVAはさまざまなアプリケーションが使用できる移動型のロボットです。AVAによって1人の人間が同時に2カ所に存在するアバターのような、物理的には不可能なことができるようになり、ビジネスや医療現場など多種多様な分野での活用が期待されています。

たとえば、「RP-VITA」はAVAのプラットフォームを使って医師がどこにいても患者と対話ができ、治療を行うことを可能にしています。また、「AVA500」も同じくAVAのプラットフォームを使用してオフィススペースで活用されています。

このようにAVAのプラットフォームはさまざまな分野での活用が期待され、このほかにも工場の製造現場や、セキュリティなど多くの用途での使用が想定されています。

もちろん、これらの技術は家庭用にも転用が十分に可能だと考えており、将来的には家にいながらにして数多くの活動ができるようになると考えています。

楽天的に、しかし粘り強く。そして失敗を楽しむこと

では最後に、コリン氏自身のことについて単刀直入に聞いてみましょう。

質問7:あなたにとって、イノベーションとは?

コリン氏:iPhoneは画期的なイノベーションの良い例だと思います。シンプルなデザインで、操作するのに複雑なマニュアルが必要なく、高い性能を持っています。

ルンバも同様にシンプルな操作性で高い清掃能力を持っています。

イノベーションと呼ぶためには、使い勝手が良く、高いパフォーマンスを発揮することが必要であり、機能が果たす直接的な利益と同時に、さらなるベネフィットを得ることが必要だと考えています。

質問8:自分の性格、物事を判断する基準、自由な時間の過ごし方、尊敬する人を教えてください。

コリン氏:私は楽天的な性格で、モノをつくることが大好きです。私が3歳の時に家の壊れたトイレを母親が修理しようとしていて、「マニュアルを読んで聞かせてくれれば僕が直すよ」と言い、実際にその通りに修理したことがあります。モノをつくることが好きだからこそ、今日存在する多くの製品から大きな刺激を受けています。

物事を判断するには常に何を実現しようとしているのか目的を忘れないように注意をしています。目先の事だけにとらわれてしまうと判断を誤ってしまう可能性があるからです。

自由な時間が取れたときには、ヨット、スキューバダイビング、ゲーム、カイトボーディングなどいろいろなことをして楽しんでいます。最近では妻と社交ダンスをはじめました。

モノをゼロからつくり上げてきた人や、人々の成長を常に手助けする教師の方々は尊敬します。私の学生時代、レスリングのコーチをしてくれたMr. Bena(ベナ先生)はレスリングの技術だけでなく、チームメイトや対戦相手を敬う気持ちを持つことがいかに重要かを説き、それまでに何度となく州のチャンピオンシップを獲得したほか、オリンピックの金メダリストまで育てあげました。

それでも彼にとっては、勝つことだけではなく、強い人間でありながら、高い人間性を備えた人間を育てることの方が重要だったのだと思います。

150324_roomba_08.jpg

▲幼少時のコリン氏。小さい頃からロボットに夢中だった

質問9:ライフハッカー[日本版]の読者にメッセージをお願いします。

コリン氏:なにごとにも粘り強くがんばってください。時には失敗することがあるかもしれませんが、それらも含めて楽しんでください。

新しいことを生み出すには失敗を重ねつつも粘り強くいることが必要です。我々の理想は「かっこいいものを生み出し、素晴らしい製品をつくり、楽しみ、そして世界を変える」ことです。イノベーションを起こそうと思っている人にはぜひ覚えておいていただきたいフレーズだと思います。

コリン氏の9つの質問への答えはどれもシンプル。ワンミッション・ワンロボットのコンセプトと同じように明快でした。そして、ロボット技術でイノベーションを起こした自身のこれまでの偉業よりも、人のために働く実用的なロボットを今後も開発し続けていくことへの情熱が感じられる話ばかりでした。

多くの人にとって、人生の新しいステージがはじまるこの時期、彼の9つの答えはこれから歩んでいくさまざまな場面で大きな参考になるのではないでしょうか。

iRobot ロボット掃除機ルンバ 公式サイト

(文/香川博人)