近年、注目を集めている「UXデザイン」というワード。

UI(ユーザー・インターフェース)やIA(情報アーキテクチャ)を内包しつつ、その深層でユーザーの体験価値(=ユーザー・エクスペリエンス)を高めるストーリーを設計するというこのデザイン手法はいま、ITの世界においてもネットサービスの競合優位を図るための手法として注目を集めていますが、言葉や概念、理想だけが先行して話題になっているのも事実です。

そこで、国内では数少ないUXデザインを専門に行うスペシャリストが集まる、株式会社リクルートテクノロジーズの「UXデザイングループ」でマネージャーを務め、多くの成果を上げている秋澤大樹さんに、UXデザインの目的やアプローチ、さらにはネットサービスの未来像についてお話を聞きました。

「ユーザーの体験価値をデザインする」ためにアクションを徹底追及する

リクルートグループが提供している人材・住宅・結婚・グルメ・旅行など200以上のネットサービスを、UXデザインをはじめとした研究開発で進化させている株式会社リクルートテクノロジーズ。現場ではどのような作業が行われているのでしょうか?

まず、UXデザインの意義をおさらいしながら、実際のプロセスについて聞いてみました。

秋澤氏:ITの領域では、UIの進化系としてUXデザインを取り上げることが多いようですが、UIやIAなど目に見えたサーフェスをデザインすることはUXデザインのフェイズのひとつです。「UX=ユーザーの体験価値」を高めるための一連の流れをフロントエンドと可視化されないバックエンドでひとつのストーリーとして設計してサービスに落とし込むことが、UXデザインの本質です。

実際に行っているプロセスは、まずネットサービスを利用するユーザーのペルソナをつくり、そのユーザーがどのようにしてネットサービスに入り、どのような体験価値を積んで次のアクションへ遷移し、出ていくのかを旅行記のような「ジャーニーマップ」に表します。

もちろん、ジャーニーマップの主人公である想定ユーザー=旅人は、ひとつの人格ではなくさまざまな個性と目的を持って訪れるので、まったく違う動きをする旅人も出てきます。そこで、こういう旅人たちはこんな動きをするであろうという仮説をいくつも立て、その課題を抽出し改善策を開発します。

例えば、『カーセンサー』のウェブサイトであれば、特定の車名で検索して入ってきた旅人は車名を想起しているので、開いたページに検索した車名の車が表示されていなければすぐに離脱していまします。そこでこの課題がどれだけ大きいものなのかを査定しながら、ユーザーがアクションしやすくなるように改善していくわけです。

では、旅行記であるジャーニーマップを描く際のアプローチとして、時間軸に合わせてプロローグからはじめるのか、またはエピローグから逆算してデザインしていくのでしょうか? また、UXデザインにより導き出されたユーザーの体験価値をどのように測っているのでしょうか?

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秋澤氏:リクルートグループが展開する既存のネットサービスを改善する場合は、現状よりユーザーの体験価値を向上させるために「本来あるべきかたち」を再構築して、ゴールを先に設定します。次に、ゴールに向かって何が足りないのか、そのギャップを的確にとらえて、改善点や必要なアプローチを開発して新しいストーリーを設計していきます。

そして最後のフェイズで、描き直したストーリーをUIなどのビジュアルに落とし込んで実装します。

その結果としてネットサービスの体験価値を測るものさしは、データ検証による「定量調査」(※)です。「ユーザーがどれだけアクションしやすくなったのか」を徹底的に追求して体験価値を高めることがUXデザインなので、アクションが上がったかどうかで評価しています。

※ 定量調査:数値や量で収集・検討できる調査。

コンバージョンを上げるための「本来あるべきかたち」とは

UXデザインのアプローチがわかったところで、さらに理解を深めるために、2つの事例を紹介してもらいました。

秋澤氏:まず、『カーセンサー』のウェブサイトをタブレットに対応させた事例からご紹介します。ポイントとなるのは、タブレットの特性であるタップ方式に対応させ、ユーザーがアクションがしやすいようにすること。そして、パソコンやスマホとは違うタブレットのサイズに最適化することです。

実際にUXデザイングループが行った作業は下記の2つだそうです。

  • パソコンとスマホのサイトのどちらを表示すべきかA/Bテストを重ねてパソコンのサイトに決定。
  • ユーザー心理などの定性調査(※)とデータ検証による定量調査を重ねて、パソコンのサイトをタブレット用としても導線をタップしやすいように、ボタン化、サイズ変更、マージン調整、地域選択ボタンをイラスト化すると共に2段階設計に変更。

※ 定性調査:言葉や行動など数値化できないデータの調査。

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▲左:タブレット対応前/右:対応後。(1)ボタンを大きくする、(2)メーカー選択をアイコンでボタン化、(3)地域選択をイラストでボタン化&広域と都道府県を2段階選択に、(4)イラストを大きく。

秋澤氏:見た目上は、パソコンの画面デザインにスマホライクなUIを施した設計になっていますが、ここに至るまでにこれでもかというほどの仮説を複数の専門家によりブラッシュアップさせて課題を抽出しました。そして、改善策に論理破綻がないかを突き詰め、実際に作成した画面デザインをA/Bテストを重ねて絞り込みました。

その結果、変更前と比べて期待を大きく超えるユーザーのアクションを生み出すことができました。『カーセンサー』のような大規模なウェブサイトになると、ユーザーアクションの増加が利益に与える影響は相当な規模になります。逆にアクションが落ちて利益毀損になるとこちらも事業に与える影響は甚大なものになるので、慎重に石橋を叩いていく必要があるわけです。

2つ目は、UIではなく、バックエンドの開発でユーザーのアクションをスムースにした『ゼクシィ』の事例です。こちらも実際に行った作業を簡単にまとめてみましょう。

  • 入力フォームに入ったときに、数字の入力項目であれば数字の入力キーを出したり、全角入力しても半角に変換するなど、各項目の機能を改善。
  • 並び順やデザインを修正することで、ユーザーの入力負荷を軽減。

秋澤氏:フォームはユーザーが何かしたいときに必ず登場するもので、使い勝手が悪いとサービスそのものを利用しないことにもつながる重要な部分です。今回の改修でユーザーのアクションを改善前と比べて上昇させることに成功しています。これも『カーセンサー』同様、アクション数でいうとかなり大きな増加になります。

秋澤さんが所属するUXデザイングループでは、既存ネットサービスに加えて、新規領域のサービス設計や開発も行っているそうです。ログ解析など基礎データを測ることができない新規のサービスはどのようにして開発しているのか、そのアプローチを聞いてみました。

秋澤氏:定量的なアプローチができないので、想定したユーザーに使ってもらったり、こちらが立てた仮説をぶつけてみるなど、定性的なリサーチが主になります。

例えば、「MROC(エムロック:Marketing Research Online Community)」というアプローチがあります。これはクローズドのSNSのようなもので、「こんなサービスを考えているので、一緒に考えてくれませんか」と呼び掛け、聞き取り調査を行いながらユーザーと一緒に共創していく手法です。

詳しい内容はまだお話できませんが、こうしたことを繰り返し行ってリクルートグループの新サービスや新機能のコンセプトを考えています。

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次のステージは、全体最適から個別最適へシフトさせること

多種多様なネットサービスを提供しているリクルートグループの主要な事業にコミットしているというリクルートテクノロジーズのUXデザイングループ。では、UXデザインが進むべき近未来のネットサービスはどのようなものになっていくのでしょうか?

秋澤氏:手前味噌になりますが、国内でUXデザインをコンセプトからつくれる人材が集まっている組織はなかなかありません。その意味で定量的に価値を創出しその勢いやクオリティが拡大していることを日々実感しています。

ただし現状では「UXデザイン」と言っても広い視野で全体を見て最適化している「全体最適」をしているだけです。『カーセンサー』のウェブサイトはデバイスによりデザインや機能、体験価値は異なりますが基本的にはひとつしかありません。

ひとつしかないと言うことは、先ほど説明した異なる個性や目的を持って訪れた旅人すべてに最適化されているわけではありません。ですから、次のステップとしてのネットサービスは、「個別最適」の指向に進化していくのではないかと思っています。

課題を探し続け、自らの手でサービスを変革する意志とスキルが必要

ネットサービスは継続性があり、ユーザーの体験価値を数値化しやすいことから、UXデザインに熱い視線が向けられています。しかし、UXデザインによるIT領域の変革はまだはじまったばかり。どのような新しい体験を生み出し、価値をつくり出していくのか、期待が高まります。

では、UXデザインで新しい体験価値をつくり出し、ユーザーに届けるためには、どのような人材や資質が求められるのでしょうか?

秋澤氏:UXデザインは特殊な領域なので、職種で言うとデザインなどのクリエイティブのスキル。経済や経営学的なビジネスのスキル。エンジニアリング、フロントエンド、バックエンドのようなITのスキル。このすべてが必要となります。でも、すべてのスキルを持っている人はなかなかいないので、一部の専門性に尖っていて、他の領域にも目線がある人ではないでしょうか。

実際、グループを構成しているメンバーは、ノンデザイナーのIA、データアナリスト、ブランドマネージャーをしていた人、開発やネット領域ではない人など、バックグラウンドはさまざまです。

UXデザインは機能ではなくアプローチなので、多様な人が集まることでシナジーが生まれると思っています。また、「ここがダメだと思う」と感じている人に対して、「そこは、そうでもないのでは」という考えを持つ人が議論を戦わせることが大事なので、常に課題を探し続けることができるかが重要です。

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▲リクルートテクノロジーズ社内、UXデザイングループのデスクの上には、個性豊かなデザインのチームアイコンが掲げられている。

秋澤さんはこれまでに、自動車メーカーのエンジニアや、Webサービスのベンチャー企業経営、さらにフリーランスとして国際的なプロジェクトでプロダクト・インテリア・グラフィックなどのデザインに携わり、幅広い領域で体験価値をデザインしてきました。そんな秋澤さんがリクルートテクノロジーズに転職したのはいまから約1年前。現状をどのように分析しているのでしょうか?

秋澤氏:最初は本当に自分がやろうとしていることができるのか不安がありました。でも、グループ会社と連携してナレッジをシェアしながら仕事をしてみると、リクルートテクノロジーズというのは、その土台がちゃんとあるんだなというのが印象です。

というのも、リクルートテクノロジーズは事業に寄り添いながらエンドユーザーの価値を最大化することでサービスをつくっていくスタンスがあるUXデザイン的志向の会社なんです。

また、リクルート全体の社風として、ひとりひとりがサービスを動かす主体者という当事者意識を大切にしています。だからこそ、リクルートテクノロジーズには、自分で成長していこうという意志の高い優秀な人材が集まっているのだと思います。

専門性の高い人材で構成され、多様な目線でUXデザインに取り組むリクルートテクノロジーズのUXデザイングループ。「事業に寄り添いながらエンドユーザーの価値を最大化することでサービスをつくっていく」というリクルートテクノロジーズでは、共に戦い、チャレンジしたいというUXデザイナーを募集しています

自らを進化させながら、IT領域のサービスを進化させていきたいという志を持った人には、この上ないステージなのではないでしょうか。

株式会社リクルートテクノロジーズ

(文/香川博人、撮影/大崎えりや)